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主よ、あなたの慈しみが
とこしえにありますように。
御手の業をどうか放さないでください。
(詩編138編8節)
わたしの小学一年生の子は、いろいろなことに興味があって、何でも試してみたい年頃です。怖いとわかっていても、高い壁や木に登ってみようとします。そしてわたしの手を掴んで、「手を放さないで!」と念を押すのです。間違ってもわたしが手を放さないと分かっていても、です。
詩人ダビデも、神に向かって「御手の業をどうか放さないで!」と訴えます。ダビデは詩の後半で自分の人生を振り返り、神がすべてを成し遂げてくださる信頼できるお方であるとの信仰を深めています。それにもかかわらず、「手を放さないで!」と訴えずにはいられなかったのです。
子どもが父親にそう訴えるのは、父親を信頼していないからではありません。信頼はしているが一人では怖いという、自分の弱さの率直な表明です。その言葉を聞くと、頼られている喜びを感じ、愛おしくなります。
神は決してお見捨てにはならないと分かっていても、どうかわたしを置いていかないでと祈らずにはいられません。その祈りは決して不信仰から出た言葉なのではなく、むしろ神の前に自分が弱い者であることの表明です。ですから神は、「御手の業をどうか放さないで」と訴える子どもたちの言葉をご自分への信頼の証しとして喜んで聞いてくださり、私たちへの愛を深めてくださいます。
【祈り】
率直な心の叫びに耳を傾け、御手の業を離さない慈しみに感謝します。
とこしえにありますように。
御手の業をどうか放さないでください。
(詩編138編8節)
わたしの小学一年生の子は、いろいろなことに興味があって、何でも試してみたい年頃です。怖いとわかっていても、高い壁や木に登ってみようとします。そしてわたしの手を掴んで、「手を放さないで!」と念を押すのです。間違ってもわたしが手を放さないと分かっていても、です。
詩人ダビデも、神に向かって「御手の業をどうか放さないで!」と訴えます。ダビデは詩の後半で自分の人生を振り返り、神がすべてを成し遂げてくださる信頼できるお方であるとの信仰を深めています。それにもかかわらず、「手を放さないで!」と訴えずにはいられなかったのです。
子どもが父親にそう訴えるのは、父親を信頼していないからではありません。信頼はしているが一人では怖いという、自分の弱さの率直な表明です。その言葉を聞くと、頼られている喜びを感じ、愛おしくなります。
神は決してお見捨てにはならないと分かっていても、どうかわたしを置いていかないでと祈らずにはいられません。その祈りは決して不信仰から出た言葉なのではなく、むしろ神の前に自分が弱い者であることの表明です。ですから神は、「御手の業をどうか放さないで」と訴える子どもたちの言葉をご自分への信頼の証しとして喜んで聞いてくださり、私たちへの愛を深めてくださいます。
【祈り】
率直な心の叫びに耳を傾け、御手の業を離さない慈しみに感謝します。